jippiniusの自然科学研究

ジッピニウスの自然科学や技術関連についての備忘録です。

新型コロナウイルス とアポトーシスの関係

先日のエアロゾル感染の記事で利用したNIAIDの画像は、新型コロナウイルス が取り付いて、「自死」する羽目に陥ったヒトの細胞の画像であった。どうして細胞自死になってしまうのか議論した論文を見つけたので、まずはここにメモっておく。

 

www.nature.com

ウイルス感染の意味

まず、ウイルスとはなにか振り返っておこう。学者によって見解は割れているが、基本的にはこいつらは生物ではない、我輩は考えている。強いて言うならば「生物もどき」である。生物の定義は大雑把に3つある。(1)幕で囲まれ外部環境と境界が敷かれている(2)代謝する(3)増殖する。

ウイルスは(1)と(3)の条件を満たすが、(2)を満たさない。つまり、食べないし、トイレに行かないのである。それは何を意味するかと言うと、自分自身では自分の体を作らない、ということを意味する。

じゃあどうやって自分の体をつくるのかという、私たちに作らせるのである。ウイルスの「殻」や「棘」をせっせと作っているのは、私たち(あるいは他の生命体)の細胞の機構なのである。

代謝しないということは、買ったそのままの状態で(修理もせず)使い続ける自転車と同じである。いずれ錆びてチェーンやネジが外れて壊れる。これは物理学の概念を適用すると、「熱力学の第二法則」あるいは「エントロピー増大の法則」という。(外部からの物質あるいはエネルギーの供給がないと)時間とともにエントロピー(乱雑さのようなのものを意味する物理量)は増大する。生体分子の「散らばり」とは「死」を意味する。

代謝」というのは、外部から(生態系に注ぎ込む)物質やエネルギーのことである。したがって、エントロピーが上がってきたら、壊れた部品や汚染された物質を外に捨て、フレッシュな新品と交換する作業が必要である。生命体は代謝するから生きながらえることができるのだ。

ウイルスは代謝しないので、すぐに壊れる(死ぬとは言わない)。不活性化ともいう。以前に調べたように、空気中では最大でも1週間以内しか「もたない」のである。(ただし、60分程度は「生きている」からエアロゾル感染には気をつけないといけない。)

ウイルスがこの世に存在し続けるには、不活性化するまえに、増殖することである。しかし、自分自身の体すら作れないから、増殖などできっこない。そこで、我々生命体の細胞に侵入して、そのタンパク合成機能をハックし、人間の細胞の中で、人間じゃないもの、つまりウイルスを製造させるのである。(カッコーが、ヨシキリに托卵させるようなものか?あるいは、コンピュータウイルスに感染したあなたのPCはすでにあなたのために働くPCではなく、ハッカーのために働くPCになってしまうのと同じである。)

ハッキングされた側の防御手段

ハッキングされたPCは、電源を切り、ネットワークから切り離して、OSを入れ直す必要があるが、(本当の)ウイルスに感染してしまった細胞もこれと同様のことを行うようだ。

ただし、電源を切ったり、ネットワークから切り離す余裕がないときは、マシンを壊すしかない。例えば、核爆弾を制御するコンピューターシステムがハックされてしまい、今にもミサイルが打ち出されるかもしれないような緊迫した状態であれば、システムの電源コードを一刻も早く抜くほかはない。

これに対応するのが「細胞の自死」という現象だ。細胞が自分自身を殺す、ということだが、専門的には「プログラムされた細胞死」というらしい。つまり、怪我をしたり、放射線を浴びたり、化学物質にやられたり、など外的な要因ではなく、自らの生体活動として自らの細胞構造を破壊するプロセスである。

生命体、特に脊椎動物はウイルスとの生存競争を勝ち抜くため、ウイルスにハッキングされた(乗っ取られた)細胞を自死させるメカニズムを発展させた。細胞の中に入り込み、RNAを書き換えられ、ウイルスのために動き始めた「細胞内の生体工場」(セントラルドグマ)に関しては、「警察」を送り込んでウイルスを排除した入り、「作業員」に命じて工場の電源を落としウイルスの生産を止めたりする時間はないようで、一気に細胞ごと「爆破するほかはない」という判断をとるらしいのである。

3つの「プログラム細胞死」

脊椎生物には、3つの「自死」つまりプログラム細胞死がある。

  1. アポトーシス
  2. ネクロトーシス
  3. パイロトーシス

わかりやすいのは3のパイロトーシスで、これは(我輩が理解した限り)細胞膜を破裂させ、細胞の中身(細胞質)をぶちまけることで自死させるメカニズムである。いわば、「爆破」である。

2のネクロトーシスは、「壊死」のプログラムバージョンで、「爆破」はしないかもしれないが、最終的には細胞の中身が外部に漏れてしまい、自死するメカニズムだと言う。通常の「怪我」や「放射線照射」「化学物質による汚染」などで細胞が破壊されるメカニズムを、自らが行うものをネクロトーシスというらしい。

1のアポトーシスは、釈迦が餓死寸前のトラに我が身を食べさせトラを救った故事があるが、それに似ている。自らを細切れにし(この段階では細胞は破壊されない)、白血球などの「掃除や」に自らを食べさせるメカニズムだという。

アポトーシスはどちらかというと時間がかかるメカニズムなので、ハッキングが深刻な場合はほど、ネクロトーシスやパイロトーシスが選択されるようである。

たとえば、自分がゾンビになりつつある(つまり癌化)と察した時は、アポトーシスを選ぶようである。癌化するプロセスは、ウイルスによる感染よりもゆっくりなのだろう。脊椎動物が対ウイルス戦のために特に発展させたのがネクロトーシスだという。なるほど、時間がない、というわけだ。パイロトーシスも、やはり病原菌やウイルスに潜入された時にとる戦法らしいが、詳しいことは専門家に任せよう。(新型コロナウイルス では、どうやらパイロトーシスは起きていないらしいので。)

どのプログラムで自死するのか

細胞がどの方法で自死するのか、誰がどうやって判断するのか?誰は簡単で、自死する細胞である。「俺はもうダメだ。自死を決行する」という感じだろう。先日のNIAIDの写真はそういう状態の写真なのだ(下に再掲する)。

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NIAIDが公表した、新型コロナウイルス に取り憑かれ「自死を選んだヒトの細胞」

(細胞の表面が波打っているのが、自死のプロセスが始まった兆候)

細胞死の引き金を引くのは、細胞内にある様々な器官が発する「悲鳴物質」ともいうべき「ストレス物質」だという。例えば、細胞膜にある受容体に、ウイルス侵入による細胞破壊の結果生じる物質がキャッチされると、細胞膜からシグナル物質である「デスリガンド」と呼ばれる錯体が放出される(金属と有機化合物の混合分子)。

 

細胞の中には、カスパーゼの前駆体であるプロカスパーゼという物質が常駐していて、シグナル物質の反応してカスパーゼという酵素へ「変身する」。あたかも、サナギマン(Pro-caspase)からイナズマン(Caspase)である。「サナギマン」はまだ酵素ではないが、「イナズマン」は酵素である。

酵素というのは、生体化学反応における触媒(反応促進物質、ブースターのようなもの)であるが、この「イナズマン」は細胞死を加速する酵素であるから「死神」のようなものである。

カスパーゼには活動開始を指令するものと、実際に酵素として活動するものに大別される。カスパーゼの本職は「タンパク質分解」のブーストである。つまり、細胞を分解して「細胞死を促進する」のが仕事である。

サイトカインストーム

カスパーゼは全部で12種類あるそうだが、今回の論文で注目しているのはその8番目である(カスパーゼ8)。これはタンパク質分解の開始を制御するイニシエーターに分類されるが、その役割はこれまで明確にはわかっていなかった。どうやら、新型コロナウイルス が細胞に取り憑くと、カスパーゼ8が誘起されアポトーシスが始まる。さらにネクロプトーシスも始まり、デュアルモードで細胞死が加速するようなのである(つまり、早い自死モードと遅い自死モードの両方で自死していく)。

このとき、カスパーゼ8はサイトカインを大量に分泌する信号としても働くのではないかとこの論文では主張されている。これにより、ハッキングされた細胞めがけて免疫細胞が押し寄せ、抗体を使ったり、直接食いついたり、あるいは細胞破裂(ネクロプトーシス)を誘起するなどして、感染した細胞の除去を始めるのではないか、ということらしい。これは結局「ひどい炎症」である。

生体を構成する細胞を、ダメな領域と使える領域に分け、ダメな領域をばさっと切って捨ててしまう戦略というわけだ。いわば、凍傷などで壊死した指を切断するようなものである。

ところが、切断をやりすぎてしまえば、生体の存続に関わってしまう。指の1、2本なら命は助かるが、足2本と首一本を切断すれば生命体そのものの命は終わってしまう。

新型コロナウイルス に感染して、重症化する人たちは、このようにアポトーシスやネクロトーシスが激しく発生して、炎症が酷くなりすぎてしまい、いわば壊死した部分の切断をやりすぎて生命体全体の命を脅かしてしまうらしい。

結局、未知のものに対し、生体がパニックを起こしている、という状況に似ているのではないだろうか?吉田兼好徒然草に「猫又」という化け物の話があるが、あの和尚のように恐怖に囚われた(免疫系が)無様に振る舞ってしまう、という感じだろうか?

ということは、和尚に「これは猫又にあらず。単なるミーちゃんに過ぎぬなり」と教えてやれば、月夜の影に腰を抜かしてドブに落ちることもないだろう。

専門用語

epithelial cells : 上皮細胞