jippiniusの自然科学研究

ジッピニウスの自然科学や技術関連についての備忘録です。

1日月への挑戦

藤原定家の日記は「明月記」という題がつけられていて、彼が天体観測をよく行なっていたことをよく伝えている。もちろんそれは科学的なものではなく、一種の星占いのようなものであった。しかし、超新星爆発(客星)や、京都でオーロラ(赤光)が見えたことなどが記録されていて、考古天体学の第一級資料であることは世界的に知られている。

藤原定家が日頃もっとも注意してみていたのが月である(この点に関する詳細な分析は、「明月記の天文記録」という本に書いてある)。それは満月というよりも、むしろ細い月のほうに興味があったようである。新月を観測で見極めるのは(日食以外は)非常に難しいので、日常的には、三日月や四日月から観測可能になる。とりわけ、この状態の細い月の「闇」の部分は地球照によって照らされ、非常に美しい。ガリレオが解明したように、このぼんやりした月の輪郭は、地球からの反射光によって見えるのである。

実は、西の空の天気がよく、日が短い秋から冬にかけては、三日月よりも細い月を観測することが可能である。藤原定家も「二日月」の観測に何度も挑戦し、複数回成功している。それが見えた時の定家の喜びは格別だったと思う。

我輩もこれまでに2度ほど二日月の観測に成功している。

しかし、世の中には凄腕の天文学者(アマチュアが特にすごい)がいるもので、「一日月」の観測にチャレンジし、成功している人たちが(ごく少数だが)いるのだ。

一日月は太陽から12.3度しか離れていない(月の周期はほぼ30日なので、一日に12度程度太陽から離れていくのである)。地球は24時間で一周するから、空は1時間で15度回転する。ということは、日の入りから月の入りまでの時間は12.3/15時間、すなわち49分しかない。

太陽が空に輝いているときは、その光があまりにも強すぎて、太陽のすぐ横にいる一日月の姿を空に消し去ってしまう。したがって、一日月を見つけるのは、太陽が地平線の下に沈んでからの49分間が勝負である。この時間を過ぎると、月自体が地平線に沈んでしまう。とはいえ、日没直後は残照が眩しく、一日月を探すのは困難だろう。実際には、月が沈む前の20-30分程度が観測限界時間ということになるはずだ。

こういうことは、理論的にはわかっているのだが、実際の観測で「一日月」を見つけるのは非常に困難だ。したがって、多くのアマチュア天文家たちは、29日月、とか28日月を狙う。つまり、下弦の「一日月」である。しかし、朝寝坊の我輩は、夜明け前のこの観測に成功した試しがない。月が見つけられない、というよりは、「起きられない」のである....

最後に二日月の観測に成功してから3年近くが経つが、一日月の観測は依然として困難だと思われた。そんなおり、ふと西の空をみやると、細い月が雲間に光っているのが見えた!久しぶりの二日月だ。撮影してみようと思い立ち、カメラを取りに研究室に戻った。二日月の観測も時間との戦いである(一時間程度)。気がついたら、すぐに撮影に入るべきであったのだが、もしかして「一日月かも」という直感が頭に浮かんだので、国立天文台のサービスで調べてみると、なんと1.6日月であったのだ!

一日月と二日月の間があるとは思わなかった。まあ、四捨五入すれば二日月なんだろうが、自分の記録を破るこの上ないチャンスが到来したのだ。あわてて、カメラと望遠レンズを持って、屋外へ駆け出したのである。

すると、さっきまでよく光っていた細い月がどこかにいってしまったのである。まさか、もう沈んでしまったのか?落胆が肩にのしかかった。やはり、あそこで国立天文台のデータをネット検索したのが失敗だったのだ。とにかく、撮影しておいて、その後で調べればよかった...後悔先に立たずである。

しかし、天文学の神は、我輩に微笑んだのである。西の空にたなびく黒雲が、風になびいて散りぬると、その中から細い輝きが現れ始めたのである!ついに、我輩のカメラに1.6日月が捕捉されたのである。

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1.6日月 (Canon EOS Kiss X4 + EF 300mm; iso6400, 1/50sec)