jippiniusの自然科学研究

ジッピニウスの自然科学や技術関連についての備忘録です。

10月の読書

電磁気学

今月は電磁気学の教科書をたくさん読んだので、その感想を書いてみよう。


和書

  1. 電磁気学 (砂川重信著、岩波書店、1977)
  2. 電磁気学演習 (砂川重信著、岩波書店、1982)
  3. マクスウェル方程式から始める電磁気学(小宮山、竹川共著、裳華房、2015)
  4. 電磁気学I (太田浩一著、丸善, 2000); (東京大学出版、2012)
  5. 電磁気学[新しい視点にたって] I (V.D.バーガー、M.G.オルソン共著、小林澈郎、土佐幸子共訳, 培風館、1991)

洋書

  1. Introduction to Electrodynamics, Fourth Ed. (D.J.Griffiths, Pearson, 2013)
  2. The Feynman Lectures on Physics Vol. II, New Millennium Ed. (R.P. Feynman, R. Leighton, M. Sands, Basic Books, 2010, 1st ed. 1964)
  3. Classical Electrodyamics 3rd Ed., (J.D.Jackson, 1999).

砂川の電磁気学

砂川先生はいくつもの教科書を執筆なさっていて、電磁気学に関しても(私が知っているだけでも)3種類ほどある。 レベルの難易度を変えて何度も書いているようだが、ここで取り上げるのは標準的な内容のものであり、岩波書店から出版されている「B6版」の小さめの教科書である。これまでに多くの大学の教養課程や初年度課程で採用されている。(ちなみに、砂川先生が執筆した中で、もっとも高度な教科書は「理論電磁気学」で、紀伊国屋書店から出版されている。物理学が得意で、数理的な思考を好む学生に人気がある。実を言うと、我輩はまだ読んだことがないのである。理由は「値段の高さ」ゆえである。同じ著者の教科書を複数買うだけの余裕が学生時代にはなく、手が出なかったのである...今なら買えるので、さっそく注文しているところである。)

最近、装丁が簡易なものに変わったようで、「砂川の電磁気を教科書にします」と講義で発表すると、次の週に「これでいいんでしょうか?」と、心配になった多くの学生から相談を受ける。「それでいいんです」と答えるのが、新学期の習わしになっている。

電磁気学の教科書には、アメリカ式と英国式がある。前者は、「電流とは運動する電荷であるから、電荷だけが基本的な物理量だ(電磁場以外は)」という立場である。この立場で書かれた教科書には”Electrodynamics"という題名が付いている。つまり、「電気力学」であって、「電磁気学」ではないというわけだ。一方、英国式は、マクスウェル本人の教科書がそうであるように、"Electricity and magnetism"、つまり「電磁気学」という題名がつけられており、「電荷と(静)電場」、そして「電流と(静)磁場」という対応づけを基本にしながら、議論が進む。砂川先生の教科書は英国式である。

英国式の特徴は、電磁気学の基本方程式であるマクスウェル方程式の完全な形が、教科書の終盤になるまで登場しないことである。古典力学の学習のときは、最初にニュートン運動方程式を教えてもらい、その解の求め方や性質についての議論にどんどん入っていった(慣性の法則すら抜いて議論を開始する講義は多いだろう)。それに対し、英国式の電磁気では、次から次へと基本方程式らしきものが移り変わっていく:たとえば、クーロンの法則、積分を用いたガウスの法則、ポワソン方程式、アンペールの法則、ビオサバールの法則、電磁誘導の法則、ローレンツ力とその運動方程式、.....まるで魚屋のようである。「今日は、ヒラメをいただくわ」「明日は、サンマをお願いね」ってな感じである。せっかく習熟したと思った法則が、どんどん使い捨てになっていくような不安感を感じる学生は多いのではないか?そして、最後にマクスウェル方程式が4つも出てきたところで、「これが実は基本方程式」などと教員が学期や学年の終わりに宣言するのである。学生にしてみれば、「なぜ、最初に言ってくれなかったのか?」と脱力感を感じてしまう、というわけである。つまり、マクスウェル方程式の導出や、正当化に非常に多くの時間を割き、方程式や法則の結果得られる「解」の分析はほとんど行われないのが、伝統的な「電磁気学」のスタイルなのである。古典力学に慣れ親しんだ立場の人には、非常に戸惑うやり方である。



アメリカ式

そこで、近年は最初にマクスウェル方程式を紹介してから、電磁気学の講義を始めるスタイルを採用する教員も増えてきたようである。実は、このやり方は、アメリカ式の「電気力学」で編み出されたスタイルである。その良い例が、ファインマンの教科書や、ジャクソンの教科書である。

日本でも、「マクスウェル方程式から始める電磁気学」(小宮山、竹川共著、裳華房、2015)という教科書が最近出版された(当初は期待していたのだが、中身を読むと「ファインマンの教科書を読むための、初学者向けの手引書」のような感じになっていて、内容があまり深くないのが残念であった。ただ、電磁気を最初に学ぶ人にとっては、非常によい入門書だと思う。必要最低限のことが無駄なく書いてあり、電磁気学の勉強をどのように進めていくのか教えてくれる「道標」のような本である)。

アメリカ式の教科書では、「電流」は動く電荷と考えるので、「電流」そのものを基本的な物理量だとは考えない。アンペールを含む19世紀の物理学者の中には、「電流」を(名古屋の)ういろうのようなものだと思っていた人も多く、電流を電荷と対等のものとして考えていた。そのため、歴史的な流れの中で提唱されたビオサバールの法則のような内容を、アメリカ式の教科書は嫌う傾向があり、詳しく説明しない。したがって、英国式(日本の多くの教科書がこちら)の教科書で、静磁場の部分がよくわからなくなったときに、アメリカ式の教科書を参考にしても役に立たないのである。

英国式とアメリカ式の間に挟まれて、静磁場の問題のところで深く悩んでしまう学生は結構多い(実は我輩もその一人であった)。現代の観点からすれば、電流とは電子や正イオンの流れであるから、d\boldsymbol{j}\equiv \rho vd\boldsymbol{ l}などといった「電流素片」を用いた考え方に戸惑うのは当然だろう。この「電流素片モデル」というのは、明らかに、電流を「ういろう」だと考え、細切れにしたものを「電荷の相似物」と考える手法である。ファインマンの教科書には、「静磁場の問題では、本来は時間変化するべき物理量である電流が含まれていて、(静電場の場合と異なり)厳密には”時間に依存しない場合”とは言い切れないから注意が必要だ」と但し書きが書いてあるほどである。

電流素片に関連する内容で迷いを感じたら、頼りになるのが太田浩一著の「電磁気学I」である。「グラスマンの力」という、他の教科書には書かれていない内容を扱った章があり、これが英国式とアメリカ式の隙間を綺麗に埋めてくれるので、とても助かる。グラスマンの力を知った後で、ビオサバールの法則を見れば、「これは自明だ」とすら感じてしまうだろう。

太田先生の教科書は、しかしながら、電磁気学の初学者には読みにくいと思う。所々に科学史が織り込まれているので、余裕のない学生は、そこで話の筋を見失ってしまう可能性があるだろう。一方で、この科学史論的な記述に魅力を感じて、この本にはまる優秀な学生も数多い(我輩の場合は、「崖の上の麦畑(Pxxxじゃない)」の引用、およびリルケの「ドゥイノの悲歌」の一節でハマった)。太田先生の科学史的な業績の一つとしてよく知られているのが、同時期に活躍したLorentzとLorenzというよく似た名前を持つ異なる物理学者の業績を区別するために、「ローレンツ力」とか「ローレンスゲージ条件」といったような「使い分け」を提唱した彼の主張である。実際、wikipediaの日本語版には、この主張が採用されている。

太田先生の教科書は、最初、丸善出版から2000年に発行されたのだが、まもなくして絶版となり、現在は東京大学出版会から同じものが再販されている。著作権丸善から東大出版に完全に移行したようで、中身はまったく同じである(数多く指摘されていた誤植は修正されたと思うが)。噂では、丸善出版から刊行されている本の中に、いわゆる「トンデモ本」と呼ばれる類の物理学の本があり、その是非を巡って出版社と意見が分かれたからだというが、はたして真相はいかに?

誤植といえば、ファインマン物理学の教科書も誤植や誤認がたくさんあることが指摘されている。人気のある教科書は、多くの人から検証されるので、間違いがあると一斉に指摘されてしまうのだ。個人的には、誤植や誤認がたくさん指摘される本ほど、素晴らしい本だと思っている。ファインマンの教科書で見つかった誤りを一気に修正して再販したのが、"The Feynman Lectures on Physics, the New millennium edition (2010)"である。素晴らしいことに、この版が出版された後も、誤植の指摘は続いている!最新の修正情報は、カリフォルニア工科大学のホームページで確認できる。また、この教科書の全文(英文)は、カリフォルニア工科大学によって公開されているので、誰もが無料で閲覧することができる!新型コロナウイルスのせいで、初めてオンライン講義をやることになった際に、図書館で自習できないことが同僚の間で問題となった。その時の議論で、「ファインマン物理学でやればいいじゃないか」という意見が出た。「優秀な学生なら、オンライン版のファインマン物理学を見て自習することは可能だろうと思うが、一般の学生にはなかなかそれは難しいのでは?」という意見も出て、議論は紛糾した。教員の適切な指導のもとにチャレンジすれば、オンライン版のファインマン物理はとても役立つと、個人的には思っている。

www.feynmanlectures.caltech.edu



アメリカでも「英国式」の人気が高まっているのか?

21世紀に入ってから、アメリカの大学で人気が出ている教科書がある。Griffithsの"Introduction to electrodynamics"である。昔の同級生で、現在とある私立大学に勤めている友人から「Griffithsがいいよ」と教えてもらったのがきっかけで、この教科書のことを知った。大学の生協に行くと2万円近くしたので目が飛び出しそうになったが、手で必死に押さえてなんとか買うことができた(いま、アマゾンで検索するとずいぶん安く買えるようである...)。

この教科書を読んで驚いたのは、題名と違って、内容は日本の「電磁気学」の教科書によく似ている点であった。マクスウェル方程式は最後の最後まで登場しない。「魚屋」のように、種々の方程式や法則が次々と出てきては「消えて」いく(ように見える)。どうも、目の前に出てきた式の計算をガシガシやりながら、とりあえず目の前の問題をひとつづつ片付けながら進むタイプの学生(原理原則や、理論の到達地点や首尾一貫性などにをあまり気にしないタイプ)には、こういう「魚屋タイプ」の教科書のほうが取りつきやすいらしい。「何かをやってる感」があるのだと思う。しかし、このタイプの教科書を使うと、その場その場の問題は解けるのだが、電磁気学全体の思想や方向性のようなものを振り返って考えたとき、途方に暮れてしまうのである。

電磁気学というのは、かくも厄介で、難しい学問であると、再度噛みしめることになった次第である。

1990年代に日本に紹介され、しばらく人気が出た教科書がある。バーガー&オルソンの「電磁気学ーー新しい視点に立って」である。この本が今絶版になっていることを知って非常に驚いた。どうも、現代の学生にはこういう教科書は嫌われてしまうらしい。この傾向は日本だけではなく、米国の大学生たちも、バーガー&オルソンより、グリフィスを好むようである。バーガー&オルソンの教科書は、電磁気学の詳細を知り尽くした研究者によって書かれているので、かなり高度な内容が含まれている。その面白さを伝えようと「先の先まで見せてあげよう」としていろいろなことが詰め込まれている。一度電磁気を学習してあるものにとっては、「へぇー」の連発であり、非常に面白く感じられる。しかし、出来の悪い学生たちの間では「なにこれ?何が言いたいの?」と反感を買ってしまったように思える。必要最低限の内容を、できるだけ早く知りたい、と考える学生には、こういう「回り道」風の教科書は読みにくく感じるのだろう。現代において、電磁気学を教える教員は、「教養風」の回り道のみならず、blog風の手っ取り早い書き方も採用していく必要があるのではないだろうか?もちろん、物理学を志す学生には、手っ取り早く、という方法だけではいけないことを教えてなくてはならない。研究というのは、回り道こそが最善の道であるからだ。