jippiniusの自然科学研究

ジッピニウスの自然科学や技術関連についての備忘録です。

2度目の感染(2):香港大学の論文見つかる

 

概要とこれまでの背景:再燃か再感染か?

先ほど書いた「新型コロナウイルスに2度感染してしまった事例が香港で発見された」というニューヨークタイムズの記事であるが、一晩明けて、世界中のメディアがいっせいに報道し始めた。

edition.cnn.com

www.bbc.com

新型コロナウイルスに感染した患者が治癒したにもかかわらず、しばらくしてから再び具合が悪くなり、再びPCR検査してみたら再陽性が出た、というケースは、これまでにも韓国や米国など世界中で報告されてきた。

ただし、「再燃」なのか、「再感染」なのかは科学的にはっきりしていなかった

再燃というのは、ウイルスの増殖が一旦低調にはなったものの、体のどこかにウイルスが潜んだ状態がしばらく続いた後、免疫の低下や疲労などのきっかけで再度増殖が加速する病態のことだ。有名なケースとしてエボラウイルスがある。エボラ感染症は一度治癒したと思っても、エボラウイルスが脳や神経系の細胞に数ヶ月潜んだ後に、再び増殖を始めるケースが存在することが最近(1、2年前)発見された。

一方、再感染とは、文字通り再度感染することである。通常は感染後にIgG抗体ができるので、続けざまに感染する可能性はほとんどない、というのが医学会の常識であった。しかし、人間に感染することがすでに知られているコロナウイルスのある種(いわゆる「風邪」を引き起こす何種類かの既存のコロナウイルスで)は、抗体の持続期間が1年未満であることがすでに判明していて、新型コロナウイルスの場合ももしかするとIgG抗体の持続期間があまりないのではないかという危惧はあった(実際、そのような研究成果も報告されている)。

とはいえ、総じて、多くの科学者は、数週間とか1、2ヶ月の間に再感染する可能性は低いと考えていた。(たとえば、下のNew York Timesの7月22日の記事ではそういう解説を載せていた。)だからこそ、集団免疫の議論とか、ワクチンの開発の動きがあったのである。

www.nytimes.com

これまで見つかっていた、複数回にわたる病気の症状の度に、PCR検査が陽性になるという「臨床的な報告」は、単なる記録であった。ウイルスの残骸が検出されただけなのか、それとも再燃なのか、あるいは再感染なのか、という問いに関しては、科学的に突き止められていなかった。

実は、これを突き止める方法は実はいたって簡単である。最初の感染と2回目の感染のときのコロナウイルスの遺伝子型(ゲノム)を比較すればよいのだ。再燃なら同じ型(Clade)となるだろうし、再感染なら違う型になる可能性が高い。治療に忙しい医者たちは、なかなかゲノム解読のために検体を回す余裕がなかった。ただそれだけの理由で、これまでこの研究は行われてこなかったのだ。しかし、ようやくそれをやってくれた研究者が出たのである。

遺伝子型の比較

今回の香港大学の報告では、感染した新型コロナウイルスの遺伝子型が異なることが確認された。最初に感染したのはV型(あるいはD614)と呼ばれる武漢由来の初期のタイプであるのに対し、2回目の感染はG型(あるいはG614)と呼ばれるヨーロッパで発生したD614G突然変異を持つタイプであったという。つまり、この患者は、4ヶ月半の間に2度、違う遺伝子型をもった新型コロナウイルス(covid-19)に感染したことが明らかとなったのだ。

遺伝子型が多少違っても、同じ抗体が機能することはわかっている。つまり、D614(V)だろうと、G614(G)だろうと、同じIgG抗体は有効に機能するはずである。にもかかわらず、再感染が起きたということは、この患者の体の中のIgG抗体は4ヶ月半経過したら、なくなってしまった(あるいは非常に減少してしまった)ということを意味する。

論文の中身

CNNやWashingoton post, NY Timesなどの速報記事によると、今回の発見はオックスフォード大学系の学術誌"Clinical Infectious Diseases"に掲載が許可されたという。しかし、昨日やっとアクセスとされたばかりということで、学術誌のHPをのぞいてみても論文の中身がまだ公開されていない。

BBCの報道をみると、香港のメディアがTwitterで、アクセプトされた論文原稿のプレプリントを公開している、という情報が手に入った。さっそくのぞいてみると、こんな感じであった。

 香港大学が発表したプレスリリースのようだが、正式な文書はまだネットには出ていないらしい。発表文書のハードコピーを香港のSouth China Morning Postという新聞社の記者が画像化したものがTwitterで公開されているという現況である。

さらに、論文原稿の中身も、同じ記者によって公開されていることがわかった。さっそく読んでみると、D614G突然変異のことが書いてあることがわかった。

 この原稿を読むと、次のことがわかる。

論文の概要

今回2度の感染を経験した患者は、香港在住の33歳の男性である。既往症はなく健康な方である。

最初の感染は3月下旬で、PCR検査によって陽性が確認された(3月26日)。症状は軽症で、発熱、咽頭痛、咳、頭痛などの症状が3日続いた。3月29日に入院し治療を開始する。治癒の確認は24時間間隔で実施された2度のPCR検査である(偽陰性の確率はこれで著しく下がったと言える)。退院は4月14日だった。

今回発見された2度目の感染は「無症状感染者」として香港空港の検疫で8月15日に確認された。感染が判明した理由は、英国経由でスペイン旅行から香港に帰国したからである。入院したものの、症状はまったくでなかった(無熱=afebrileであり、血中酸素濃度も、血圧もまったく問題なし。肺のX線写真にも異常は写らなかった)。ただし、CRP(炎症の発生を意味する物質)が若干上昇したのは確認された。

最初の感染のとき、発症後10日目にIgG抗体の有無を調べたが(抗体検査)、検出されなかった(陰性)。また、2度目の感染については、入院の翌日に抗体検査したが陰性だった。2度目の感染では、入院中に血漿を採取しその中の抗体検査も行った。入院の数日後では陰性の結果が出ていたが、5日後以降の検査では陽性が出続けた。

ゲノム解読

遺伝子読み取りは、最初の感染(3月)と2度目の感染(8月)の両方で行われた(これが世界初である!)。両方のゲノム情報はGISAIDに登録されている(たぶんまだ一般には公開されておらず、専門家のみだとは思うが..)。

GISAIDのCladeカテゴリーでいうと、最初の感染はV型であり、2度目の感染はG型によるものであった。

検出されたうち、最初の感染を引き起こしたV型は、3月にアメリカ合衆国と英国で流行したタイプに近い遺伝子配列を持っていることが確認され、2度目の感染を引き起こしたG型は7、8月にスイスと英国で流行しているタイプに近いことが確認されたという。

分析

この論文では、再燃を"prolonged  viral shedding"と表現し、再感染を"re-infection"と表現している。

今回の感染は、最初の感染から142日の間があいており、PCR検査が陰性であるにもかからず、これだけ長期間感染し続けている可能性は低いということや、遺伝子型が全く異なることなどから、再感染である可能性が高いという評価である。その帰結として、IgG抗体はこの4ヶ月半という期間で消滅、あるいは減少してしまったことを意味するという。

わずか4ヶ月半程度でIgG抗体が激減してしまったという今回の発見は、

(1)集団免疫の獲得は期待できない

(2)新型コロナウイルスは、人間社会に居座り続ける可能性が高い(これは、いままでに確認された「風邪」を引き起こす(旧型の)季節性コロナウイルス229E, OC43, NL63, HKU1という4種類と同様であろう)。

(3)ワクチンができたとしても短期間しか効果が持続しないだろう

などといったことを示唆する、という結論である。

ただ、希望的な結果も一つ報告されている。

(4)最初感染に比べ、2度目の感染の症状は「緩和」されているのではないか?

最初の感染では発熱や咽頭痛、頭痛など明確な症状が出たが、2度目の感染では完全に「無症状感染」であった。研究者が考えているのは、抗体の記憶が完全には消え去るわけではなく、最初の感染によってある程度の「学習」ができたからではないかという説である。

感染の強さはスパイク蛋白の構造や性質によるところがあるが、この部分の突然変異D614Gが影響している可能性があるという。突然変異の有無で、感染が複数回発生する可能性があるというわけだ。しかし、この部分の研究はまだまだ確認されていないことが多く、これからの発展を待たねば結論は出せないという。

IgG抗体が消えてしまったというのは、最初の感染が「軽症だった」ことと関係しているはずである。これに関してはいままでに様々な研究成果が発表されている。

ただ、抗体の減少が早いため複数回の感染は免れないかもしれないが、若干残った抗体の「うっすらした記憶」によって、2度目に登場したIgG抗体は最初のときよりも「上手に」対応できるのではないか?そのため、2度目以降の感染では症状が軽くなる傾向が見られるのではないかと推論している(これは猿による動物実験でも似たような傾向が確認されているそうである)。

もちろん、まだ一例のみが確認されただけであり、以前の「記録」によると、2度目の発症の際に重症した例も報告されているという。複数回の感染が人間にどのような影響をもたらすのかという疑問は、まだまだ解決されておらず、これからの研究進展を期待する、とのことである。